【30代バリキャリOLが起業を決めたストーリー ②なぜ安定企業を求めたのか】

こんばんは。平野ゆうこです。

昨日は、私の自己紹介をさせていただきました。

なんだか順風満帆、いいことばっかり書いてるんじゃない?

なんて声が聞こえてきそうな内容です。

 

ただ、バリキャリOLという道を目指した背景には

ちょっぴり重い、背景があったのです。

(だいぶ重いかも、なので、読みたい方だけ、どうぞ(笑))

 

 

起業家だった父のようになりたくなかった

私が物心ついたとき、世の中はバブル期。

当時の私の住む家も例外ではなく、

車は4台、庭には大きなブランコがあったり、

恐らく裕福な家庭だったのかなと思います。

父は、高校卒業してから数年で事業を起こした、起業家でした。

父は、祖父が繊維会社でサラリーマンとして働いているのを見て

自分は会社に属して働きたくない、自分で事業を起こしたい。

そういった野望があったと、聞いています。

夢を追いかける人間ですね。

バブル期でしたから、まずまず軌道に乗り、

母と結婚する際は、母方の祖父母は安心して嫁入りさせたそうです。

しかしある日、家が段ボールだらけになり、

「引っ越しするよ~!」と言われた幼少期の私は、

何が何だかわからず、引っ越し作業を楽しんでみていた記憶があります。

バブルがはじけたのでした。

父の起こした会社は経営危機に。

従業員も、秘書も、車も、家も手放すことになったのです。

家族5人で1日1000円で生活する

 

その後我が家は3度の引っ越しを経験します。

どんどん家賃が安い家になっていきました。

母も父の事業を手伝いながらなんとか立て直そうと努力しましたが、

結局、多くの負債を抱えて事実上の倒産となりました。

生活はさらに苦しくなり、家族5人で1000円で生活する。

そんな時期もありました。

 

母はよく泣いていました。

弟2人はまだ小さかったのですが、

私は中学生になり、

母の苦悩などを察するようになりました。

当時、母方の祖父母は母を心配し、

離婚も勧めていたくらいです。

 

部活動のアイテムも買えない、

友達と繁華街に遊びにも行けない・・

思春期に入る時期だったのもあり、

なぜ、家だけこんな思いをしないといけないの!?

父がサラリーマンだったら、こんなことにはならなかったのではないか

そう思い強く父を非難するようになりました。

 

こんな状況でも、父は次の仕事も自分で行おうとします。

一時会社にも属しましたが、

会社との折り合いがつかず

長続きしませんでした。

(ずっと会社のトップにいた人間ですから、

一会社員になるのは、父にとっては

きっと辛いものだったんだと思います)

 

父は、

「大丈夫、今のビジネスがうまくいけば、

たくさんお金もらえるから、いろいろ遊びに行けるよ!」

と私たち姉弟に言い聞かせていました。

(ずいぶんと楽観的に見えましたが、父なりの

精一杯の励ます言葉だったんだと思います。)

けれども家になかなかお金が入らない。

母も子育てをしながら必死に働きました。

とても辛そうだったのを覚えています。

その後大病を患ったりもしました。

 

そんな家庭環境の中で、私たち3人の姉弟には

こんな強い感情が芽生えたのです。

 

絶対大企業で働きたい。

安定した会社で守られて、その中で昇進していきたい。

 

私も弟たちも強い安定志向が植えついた、きっかけでした。

 

PS.

あとあと振り返ると、バブルがはじけたときは

私と同じような環境になってしまった家庭も

きっとたくさんあったんだろうなと思います。

実際私の同級生にも同じような状況の子もいました。

ものすごい時代、だったんですね~。

父も母も、最終的に子供3人いながら、よく乗り越えたなと

今はその面では感謝しています!

 

この出来事を経験しているからか、

私はだいぶ強くなりました(笑)

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